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台湾調査雑感 

1 当初は検察も強く反対した!

2025年12月3日、所定の時間を優に1時間以上も超す午後5時前となった最後の挨拶で、最高検察署検察総長は、取調べにおける弁護人立会について、次のように語った。

「40年前(※1982年施行)、取調べにおける弁護人の立会について検察は反対した。しかし、40年経過した今日、この制度は検察にとっても非常に良かったと評価している。捜査における検察の適正性を示すことができるからである(※検察官と弁護人が互いに同じ法律家として承認し合えることが良いという別の検察官の言葉もあった)。しかし、一方で、弁護人も取調べに立ち会うことや一定の証拠開示を受けることによって、捜査の秘密に触れることができるようになり、その情報漏洩等によって、22人もの弁護人が逮捕されてもいる。刑罰権の行使と弁護人の援助を受ける権利とが衝突する場面でもあり、そのバランスを取っていくことが大切であろう」。

今回の台湾での調査先で、私たちは、取調べにおける弁護人の立会について、捜査機関はどう思っているのかとの質問を何回か投げかけた。最初の訪問先である内政部警察署刑事警察局(日本の警察庁)の副局長が、昼食を取りながらの席で「本音のところでは弁護人立会がないほうがやりやすい」と語ったことはあったが、1982年の弁護人立会制度の発足のころの状況を知る人がいなかったせいか、発足時の話は出ていなかったので、最後の最後に、検察総長から制定当時の検察のスタンスを聞くことができたのは幸いであった。

弁護人の立会に限らず、取調べの可視化にあっても、取調べの場面に「他人の眼」が入ることに対して、捜査機関側が強く抵抗するのは、世界のどの国においても共通であることを、改めて、今回の台湾調査で知ることになった。しかし、弁護人の立会や取調べの可視化が実現したどの国においても、実現後にあっては、被疑者・被告人の人権保障という側面からも、また、捜査機関における適正な捜査の確保と評価という観点からも、これらの制度が刑事司法にとって必要かつ有効な制度であることを捜査機関側が率直に認めていることも明らかである。

ところが、日本の場合には、2016年改正刑訴法によって、一部の事件における取調べの可視化が実現し、そのことによる弊害が何もないことが分かりながら、検察も警察も、全事件における取調べの可視化を法制化することに反対している(改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会の状況)。取調べにおける弁護人の立会についても、取調べの機能を阻害するとして強く反対する。2003年、日弁連に取調べの可視化に取り組む組織を立ち上げる過程から関わっている私は、以上のような諸外国の事情を知っていたので、2016年に1部の事件ではあれ、取調べの可視化が制度化されれば、捜査機関の抵抗もさほどではなくなるのではないかと考えていた。しかし、現時点では、それがいかに甘い幻想であったかを痛感している。韓国、台湾、日本といった東アジア諸国においては、欧米と比較すると刑事司法手続での捜査段階での供述に依存する度合いが強いとは感じていたが、日本は、その度合いが極端に高いことを思い知らされている。

2 24時間での勝負!

台湾調査の事前の学習で、台湾の弁護人が被疑者に黙秘を勧める人が少ないことを認識していた。身体拘束を受けた被疑者取調べは、台湾の場合、警察での取調べが逮捕後16時間以内でせいぜい数時間、送検後の検察取調べは8時間以内の数時間、勾留後の検察取調べも勾留期間2か月間に数回程度であり、日本と比較すると、取調べの時間も回数も圧倒的に少ないことは分かっていた。また、日本と違って起訴状1本主義が採用されず、検察官は起訴とともに捜査機関が収集した証拠を裁判所に提出するという職権主義的構造の下での弁護人の対応の差異があるのも必然かというような漠然とした認識を抱いていた。

ただ、2025年12月1日の台湾弁護士連合会における何名かの弁護士及び財団法人法律扶助基金会での数名の弁護士との意見交換を通じて分かったのは、私たち日本の弁護士が逮捕後23日目に勝負をかけているのに対し、台湾の弁護士は逮捕後24時間での勝負を行っているということである。この点を説明しよう。

台湾では、逮捕後24時間で勾留請求するか否かが決せられ、弁護人立会の下での裁判官による勾留質問手続を経て2か月の勾留を決定するかどうかが決められる。勾留請求に対する却下率は、調査先で統計が示されたが2割以上のようである。2025年12月2日に訪問した士林地方法院での説明によれば、同法院では、勾留請求のうち50%程度が却下されているという。つまり、勾留質問がなされる24時間での被疑者の身体拘束からの解放の程度が、日本よりは格段と高いのである。また、台湾では勾留が2か月で更新も1回可能であって最長4か月の長い起訴前期間がある。起訴前保釈の制度があり、これもかなり運用されているようであるが、勾留期間が長いのが台湾の特徴である。

台湾の場合、勾留の要件自体は日本の刑訴法60条と規定ぶりは異なっているものの実質的には同等であり(再犯防止のための勾留が刑訴法で規定されていることは異なるが・・)、黙秘していれば、裁判官によって勾留を決定し、これを継続する方向に運用されていることも日本と同様であった。

このような制度と運用の下では、職権主義構造と弁護人の司法機関説的考え(この点は十分な聴取をすることはできなかったが、最後の最高検察署での検察官が、「弁護人は公益の代表者」(疑問が残ったがそのように通訳された)と発言していたこともあって、司法機関説的考えが強いとの印象を受けた)とが相俟って、弁護人が被疑者の24時間での釈放を目指し、また、それが一定可能な身体拘束の運用状況を前提として、弁護人としては被疑者に黙秘を勧めず、供述することを通じて、勾留決定を回避する方向へと働きかけているのではないかと思われた。

すなわち、23日間もの余裕(?)がある日本の弁護士は、私のように、「私が事案の内容を十分理解してどのような方針を取るのがあなたにとってベストなのかの見極めが着くまでは、とりあえず黙秘してください」などとアドバイスできるが、台湾の弁護士は、そのような悠長なことは言っている余裕はなく、その場で即座に明日の勾留質問の際の釈放のために、どのように取調べに対応するのかの選択を迫られるのである。そうすると、身体拘束からの解放が一定見込まれる事案にあっては、黙秘よりはより被疑者に有利な供述をして釈放を勝ち取ろうとすることになるのではないか。台湾の場合、勾留が2か月の長期であることも影響しているように思われる。

この点については、台湾の弁護人との意見交換の機会がなかったので、より深い議論ができなかったことが残念であるが、機会があれば、改めて、議論したいと思った次第である。

3 証拠開示を受けても謄写せず頭に入れて記憶するだけ?

2025年12月1日、台湾弁護士連合会の会議室で、ある弁護士が「勾留質問の段階で弁護人は捜査記録の開示を受け、その記録の謄写をすることができるが、私は謄写しない。記録の内容を全部頭に記憶して対応している」と発言したのには驚いた。私は、記録を謄写せずして有効な弁護活動などできるはずがないと考えてきたからである。聞くと、最後の検察総長の話にもあったが、最近もある弁護人が秘密を洩らした嫌疑で逮捕起訴されて有罪となった事例があり、そのような嫌疑をかけられないための防御手段として、そうしているらしい。

日本の場合には、弁護人が捜査段階での捜査記録に触れることは、まずない。したがって、我々が議論してきたのは、起訴後の検察官開示証拠の目的外使用の問題である。ところが、台湾の場合、逮捕後24時間以内の警察と検察での取調べに弁護人が立ち会うことができ、勾留質問の段階では、裁判所に送付された捜査記録の開示を受けることができる。弁護人が捜査の早い段階で捜査情報や記録の一部に接することができるのである。その分、捜査の秘密を知ることになった弁護人に対する秘密保持義務の遵守の要請も強くなり、2023年には、勾留質問の際に裁判所で記録を閲覧した弁護人が携帯電話で捜査記録・証拠資料を撮影し、そのうち、被疑者の取調べ調書を撮影した写真1枚を被疑者の妻に送信した行為を捉え、弁護人に「証拠隠滅、偽造、変造、または共犯者若しくは証人との通謀があると認めるに足る具体的な証拠がある」として、裁判所が弁護人と被疑者との接見を10日間に1日と制限した事件もあったようである。

このように、弁護人の立会い、勾留質問の際の証拠開示など弁護人の活動領域を広げ、被疑者・被告人の弁護人の援助を受ける権利が拡大する一方で、被疑者弁護の早期の段階から弁護人の秘密保持義務がのしかかっている現実があった。正直、このようなことに余り思いを致したことがなく、弁護士の職務における基本姿勢を改めて認識する台湾の調査ともなった。

4 最後に

 台湾では、勾留質問の際にすべての被疑者に弁護人がついて勾留質問を行う制度が確立している。士林地方法院の裁判官は、この時点での弁護人の意見と証拠の提出によって、勾留する考えを改めて、釈放したこともある旨説明していた。裁判員裁判の施行を契機に勾留請求却下率が高まってきたとはいえ、まだ、数パーセントにすぎない日本の現状を考えると、勾留質問における弁護人の立会い、弁護人不在の場合の弁護人付与は、人質司法からの解放や逮捕段階からの国選弁護制度構築を検討している私たちにとっても十分に参考になるはずである。

 また、1998年の刑訴法改正により施行された被疑者に対する取調べの録音(ただ、刑訴法上は「必要なときは」となっているものの台北における警察署の取調室を見る限り、原則録画がなされている)が全事件を対象になされている。これが当事者には当たり前になっているように思われた。内政部警察署刑事警察局において、目撃者や被害者も同様に、この取調室で聴取するのかと問うと、警察に来てもらう場合もあるが、職場や自宅に出掛けて聴取する場合もあるとの回答に、続けて、その場合、録画はするのかと問うと「もちろん」との答えが返ってきた。台北市政府警察局警察大隊での、「逮捕に出向く警察官は常にウェアラブルカメラを携帯している」との答えと相俟って、台湾における捜査の可視化は日本以上に進んでいることを確信した。

 さらに、1982年から世界に先駆けて始まった取調べにおける弁護人の立会は、その始まりが「人間による監視カメラ型」であったことの影響が継続しているのか、2000年に弁護人の意見陳述権が認められるようになってからも、取調べにおいて、立ち会った弁護人が捜査側の質問に異議を挟むとか介入する度合いは、余りないように見受けられた。また、最終的な弁護人意見も取調べ手続に関するもののようであり、台北市政府警察局警察大隊での聴取によると、意見を述べることは少ないとの話であった。

検察官の「取調室」は、予審判事の法廷そのものであり、一段も二段も高いひな壇から、被疑者と弁護人を見下ろすような構造となっていた。この構造に、台湾における検察官と弁護人との関係が示されているように感じられ、私からすると、今後の台湾における刑事司法の課題のように思えた。

いずれにせよ、台湾日本刑事法研究学会の理事長である林裕順教授が事前に丁寧な調査先の選定と折衝をしていただき、同学会の研究者、現役裁判官、現役警察官、学生の皆さん方の精力的な協力の下、1日目は台湾内政部警察署刑事警察局(日本の警察庁)、台湾弁護士連合会、財団法人法律扶助基金会、2日目は士林地方法院、士林地方検察署、3日目は台北市政府警察局刑事警察大隊(日本の警視庁)、最高検察署と、質量ともに、大変充実した調査となった。改めて、林教授をはじめ関係者の皆様には心から感謝を申し上げたい。

以 上

取調べ録画の記録媒体を利用することにより無罪を得た事例

1 事案の概要

本件は、串間市指名審査会会長を務めていた副市長が、消防庁舎新築工事の設計業務における指名競争入札に際し、受注に意欲を示した大手設計業者に対して、予め指名業者のリストを作成させ、それを基に指名審査会で指名業者を選定し、談合の便宜を図ったとして官製談合罪および公契約関係競売入札等妨害罪で起訴された事件です。

しかし、実際には談合は成立しませんでした。検察官が描いたストーリーのように、大手設計業者が作成したリストに基づいて指名が行われたのではなく、副市長が新たに地元業者3社を加えた指名案を作成して、通常の競争入札が実施され、結果として地元業者が落札しました。また、設計業務の受注をめぐる金銭のやりとりも一切ありませんでした。

副市長は、設計業者にリスト作成を依頼しておらず、指名業者の選出案も自身で独自に作成したものであり、談合の便宜を図ったことはないと主張しました。裁判所は2025年12月10日、共犯者証言の信用性を否定し、無罪判決を言い渡しました。本件は、取調べにおける録画を活用して共犯者の証言を弾劾したことが功を奏した事例です。ただ、検察は同年12月24日、控訴期限の最終日に控訴を行っています。

副市長の共犯として逮捕されたのは4名(設計業者2名、消防庁舎の基本計画を策定した建設コンサルタントの従業員1名、業者との仲介役である地元有力者1名)でした。なお、串間市の指名競争入札の担当職員は逮捕されていませんが、当初は被疑者として取調べを受けていました。逮捕された5名のうち、建設コンサルタントの従業員は不起訴となり、副市長以外の起訴された3名は争わず有罪が確定しています。

2 取調べの録画の状況と録画記録媒体の利用

警察による被疑者取調べは全く録画されていませんでした。一方、検察は逮捕した5名と在宅で被疑者取調べをした市職員数名の録画を行っており、被逮捕者の検察取調べは全過程が録画されていました。

警察官調書はほとんど作成されませんでした。検察は被疑者ごとに検察官を配置し、その見立てに沿う供述を誘導するなどして、副市長以外の共犯者らは、検察官の見立てに沿った供述調書を作成しました。

共犯者一人あたり約10回の取調べが行われ、その録画の量も相当なものでした。録画での供述には、検察官調書と異なる点が多数あり、反対尋問に活用できる内容が多く含まれていました。録画を逐一確認して反対尋問を行い、録画での供述を法廷証言で認めさせることができました。これにより、検察官の主尋問に対する弾劾だけでなく、副市長に有利な証言も引き出すことができました。

ただし、録画に基づいた反対尋問に対しても、証言を否定するか「記憶がない」と答える証人が2人おり、この部分については録画記録媒体を弾劾証拠として申請し、採用され、法廷で録画が再生されました。

3 結果

本件は、検察官作成の調書だけでは調書間の矛盾を見つけることが困難な事案でしたが、取調べ録画から反対尋問に資する材料を見つけ出すことができ、法廷で追及した事例です。録画を活用した反対尋問により、不利な証言の弾劾と有利な証言の誘導が可能となり、検察官の構図を崩すことができました。また、録画での供述内容を弾劾証拠として採用させて、その部分の証言の信用性を否定することもできました。録画がなければ、無罪を勝ち取ることは極めて難しかった事案です。

以 上フォームの終わり

 

9ちゃん通信2026年9月号

 

米国による国際刑事裁判所の解体を許すな!

 

1 はじめに

 本通信の2024年9月号及び2025年3月号の2回にわたり、国際刑事裁判所(ICC)が国際社会に「法の支配」を行き渡らせるための制度的保障の中核を担う組織であり、その重要性を訴えた。しかし、今回、米国がICCの解体を公然と宣言する事態に立ち至ったことを深く憂慮し、改めて、この問題につき筆を執るものである。

2 ルビオ国務長官の解体発言

2026年7月、米国のマルコ・ルビオ国務長官は「国際刑事裁判所(ICC)を解体する」と、ICCへの新たな組織的攻撃を宣言した。第一次トランプ政権は、2020年、アフガニスタンでの米国人関係者の行為をICCが捜査対象にしたことに反発し、検察官らへの資産凍結と入国制限を実施した。また、第二次トランプ政権は、ICC検察官がイスラエルのネタニヤフに対する逮捕状を請求したことに反発し、ICC所属の検察官、裁判官等に対する資産凍結や米国への入国制限等を科してきた。今回、米国は個別的な事件に対する反発から関係者に制裁を科すという従来の対応を超えて、ICCそのものを解体するための運動を開始すると宣言したのである。

3 解体宣言とICCを取り巻く危機

米国の「解体」の手法は、第一には、ICCを支える人々や資金を枯渇させ、人の移動、通信、各国及び民間団体による協力の回路を断つことである。ICCは、被疑者を逮捕する国家、証拠を届ける市民団体、証人を守る職員、送金を担う銀行、情報を保存するIT企業などの協力で成り立っている。米国が狙っているのはICCを国際社会と結び、被害者の声を法的判断へ届ける回路を粉砕することである。第二に、ICCの締約国でない米国が、ICC締約国に対する外交的圧力を加えICCから脱退させることである。

解体宣言と前後して懸念すべき事態が生じている。一つは、ネタニヤフ及びハマス幹部への逮捕状を請求したICCの顔ともいうべき主任検察官カリム・カーン(英国出身)の解任である。カーンはネタニヤフらの逮捕状請求にイスラエルとアメリカが反発した際、次のように述べていた。「殺された赤ん坊は誰でも、ハマスによって残酷に拉致された赤ん坊であろうと、爆撃で殺された赤ん坊であろうと、ガザで電気も水も食料もないために保育器で亡くなった赤ん坊であろうと、その家族にとっては悲劇です。だからこそ、裁判所があるのです。法を平等に適用するためです。ある集団よりも優れた集団はありません。どこにいようと人間は聖人ではありません。ですから私たち人間の行為に合法性という物差しをあてなければならないのです」、「だから、ICCと独立した裁判官が証拠を詳しく調べ、政治を気にせず、機能不全に陥った国連安保理を気にせず、ICCによる訴追が地域的機関や様々な機構に困難をもたらしうることを気にせず、この証拠を信頼できるのかと問う必要があるのです」。2026年7月24日、ICC締約国会議は秘密投票で82締約国の賛成を得て、「重大な非行」と「重大な職務違反」を理由にカーンを解任した。米国の圧力との因果関係が確認されているわけではないが、米国による攻撃が強まる中、ICCの組織的基盤を一層不安定にするものである。

また、解体宣言後に、ベネズエラとチャドが脱退を表明した。ベネズエラは、トランプ政権がマドゥロ大統領を国際法に違反して拉致し、その後「制圧」した国である。それ以前からアフリカの3か国(ブルキナファソ、マリ、ニジェール)が脱退を表明し、合計5か国がICC脱退の方向にある。

4 ICCの目的と設立の理念

 ICCは、最も重大な犯罪(①集団殺害犯罪(ジェノサイド)、②人道に対する犯罪、③戦争犯罪、④侵略犯罪)を犯した個人を、国際法に基づいて訴追・処罰するため、オランダのハーグに置かれた国際刑事裁判機関である。国家間の紛争を扱う国際司法裁判所(ICJ)とは別の機関であり、ICJは、国家間の紛争を扱うのに対し、ICCでは、重大な国際犯罪を行った個人の刑事責任を追及できるところに存在意義がある。

1998年に採択され、2002年に発効した国際条約である「国際刑事裁判所に関するローマ規程」に基づき設立された。国際社会が協力して重大な人権侵害に対する不処罰を許さないことにより、犯罪の発生を防止し、国際の平和と安全の維持に貢献することを目的とする。日本は2007年10月1日に加入し、2024年時点での分担金全体の15%を負担する最大の拠出国であり、現在のICC所長は、日本の赤根智子裁判官である。

 ICCは、「多数の児童、女性及び男性が人類の良心に深く衝撃を与える想像を絶する残虐な行為の犠牲者となってきたこと」を念頭に創設された。前記カーン検察官の言葉を借りれば、「ニュルンベルク裁判(第2次大戦後、連合国がナチス・ドイツの主要戦争犯罪人を裁いた)の子ども」である。ガス室の光景や1990年代にバルカン諸国で起きた事態が想起されている。こうした理念は「旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所」、「ルワンダ国際刑事裁判所」における戦争犯罪に対する個人への訴追の実践を経て、常設の国際刑事裁判所の設立として受け継がれた。そして、少年兵の利用、文化遺産の破壊、性的暴力あるいは罪のない市民への攻撃といった犯罪に光を当ててきた。

現在は、ウクライナでの紛争を含め、暴力的な紛争のいくつかを捜査しており、2023年3月にはロシアのプーチンにウクライナの子どもを不法に移送した容疑で逮捕状を発付した。また、ガザでの虐殺についてもネタニヤフに逮捕状を発した。注目すべきは、同時にハマス軍事部門の幹部にも逮捕状を発付し、双方の国際法上の責任を追及したことである。。

しかし、ICCは自ら逮捕状を執行する警察機関を持っていない。そのため、逮捕状を発付しても、これに基づき被疑者を実際に逮捕しICCに引渡すには、締約国の協力に依存する以外にはない。

また、イスラエルもアメリカもロシアも、ローマ規程の締約国ですらない(パレスチナはローマ規程に加入し、2015年から締約国となっている)。実際に、これまでに同裁判所に起訴された個人の大半が、アフリカ諸国の出身者である。

5 日本は何をなすべきか

ICCの目的は、「法の支配」を全世界に行き渡らせることに尽きる。米国のICC解体宣言は、これに対する不当な挑戦であり、世界を「力による支配」に変えようとするものである。ICCはプーチンに対し逮捕状を発付したが、その際、アメリカはこれを歓迎していた。ところが、ネタニヤフへの逮捕状に反発した。このような政治的対応こそ、「法の支配」が貫徹されていないことの端的な証左である。

2025年2月、米国がICC職員らに対する制裁を科した際、79の締約国がICCの独立と業務継続を支持する共同声明を出して、米国に警告を発した。ところが、日本は、この声明に名を連ねていない。当時の外相は、声明を巡る交渉について外交上の秘密であるとして説明を拒み「ICCを一貫して支持する」と抽象的な確認をするにとどまった。今回の解体宣言に対しても、外相は「懸念を持って注視している」と述べるにとどまっている。

 しかし、常々「法の支配」を強調する日本政府であれば、法の支配を根底から突き崩す米国の解体宣言に、明確に反対する立場を表明すべきであろう。現在の世界状況を鑑みると、ICCによる「法の平等な適用」の意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。

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